SAMEDI 27 MARS 1999     

【チミル、ミラノ・サンレモを制す!】

 20日イタリアで行われた自転車ワールドカップの第1戦ミラノ〜サンレモは、昨年よりベルギー人に帰化したアンドレイ・チミル(ロト)が、勝利をものにした。

 このレースは、最後の2つの上りであるチプレッサとポッジオでちょっとした戦いが広げられるのだが、今年はかなり盛り上がった。と言うのも、イタリアの英雄パンターニが、チプレッサで猛烈なアタックをしたのだ。黄色い海賊マーク入りの今年バージョンのバンダナをひるがえしながら、見る見るうちに集団との差を広げていった。こうして、6秒差を広げるが、バルトリ(イタリア、マペイ)とゴンチェンコフ(ロシア、バラン)に追いつかれ、8人の先頭グループが出来る。しかし、この逃げを阻止しなければならない集団は、次の上りのポッジオで、追いつく。今度は96年にこのレースで優勝したG.コロンボ(イタリア、カンティナ・トロ)がアタックをする。ゴール2キロ手前まで一人でトップを走るが、これも追いつかれてしまう。

 これで、最後の数百メートルでの集団スプリント勝負になるかと思いきや、ゴール600メートル手前で、チミルが加速。あっという間に、集団との差をひろげ、集団がものすごい勢いで追い上げた時には、もう手遅れで、チミルがそのままゴールした。去年の覇者ザベル(ドイツ、テレコム)は、集団の先頭でゴールし、惜しくも2位に終わり、3連続優勝を逃してしまった。

 優勝したチミルは、「ものすごい速さで、レースが進んでいたので、最後の200mでのゴール勝負に持ちこむ為に、スプリンター達は、いい位置を確保しようと、必ずゴール前で速度を下げると思っていた。僕は、その時を狙ってアタックしようと思っていたんだ。最後の50メートルは、とても辛かった。」と語り、「36歳で泣けるなんて・・・。」と言いながら、喜びの涙を流した。

“ミラノ・サンレモちょっとした話”

 このレースの早朝、抜き打ちのドーピング検査が行われた。このレースの1位、2位となったチミルとザベルも検査された。この検査の為、チミルは朝の4時55分に起こされたそうだ。この翌々日、UCI(国際自転車競技連盟)は、早朝から検査を行ない、選手に不快感を与えた事に関して、お詫びの手紙を書いた。このドーピング検査は、32選手に行われ、結果はすべて陰性だった。

 

【ソシエテ・ツールに嫌われたTVM】

 ツール・ド・フランスを運営しているのが、ソシエテ・ドュ・ツール・ド・フランス(ツール・ド・フランス株式会社)なのだが、ツール以外にも、「パリ〜ルーベ」や「パリ〜トゥール」など色々なレースの運営を行っている。その一つとして、4月14日にベルギーで行われる「フレッシュ・ワロンヌ」もあるのだが、このレースにTVMチームを招待しない事を明らかにした。

 その理由として、昨年のツール・ド・フランスでのTVMの選手達の態度や、チーム方針の違いなどを上げている。

 

【キャプーチの目標は、ツール・ド・フランス】

 今季、チームが見つからなくて、どうなるのか心配されていたクラウディオ・キャプーチであったが、無事アミカチップスチームからの誘いがかかり、今季フランセーズ・デジュから移籍して来たベルツィン(ロシア)などと一緒に走る事となった。「僕の目標は、プロ生活の最後にツール・ド・フランスに参加する事。もし、TVMがツールに出場できないなら、僕たちが、ツール出場権を得るだろう。そうなれば、すばらしい。」とキャプーチ。4月中旬にスペインで行われるツール・アラゴンの出場が予定されている。

 

 


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