パンターニとヨーロッパ自転車界

 みなさんもご存知の通り、6月5日総合トップを走っていたパンターニがジロから、除外されると言う事態が起こりました。このニュースに、日本からショックだと言うお便りを何通か頂きました。そこで、やはり真相と言うか、パンターニを除外した今のヨーロッパ自転車事情をここでお話したいと思います。

 昨年のツール・ド・フランスでのフェスティナのチームドーピング発覚以来、日本ではまったくと言っていいほど、この件については報道されていないようですが、フランスではずっと絶えることなく、話題になっていました。だから、途中の経緯を知らずに、いきなりこのニュースを知った日本の皆さんが驚くのは、当たり前なのですが、パンターニが悪い!ドーピングまみれの自転車はいかん!と言うのは、ちょっと違うような気がします。

 最初に、このニュースを知った時、私も正直言ってそんな!と思いました。パンターニがドーピング!と言う驚きではなく、何でジロが終わる前日にこんな事を明らかにするのか?それが、私のそんな!と言う驚きでした。今年のジロを見たら分かると思うのですが、ダントツでパンターニが速かった。速すぎたんです。いやでも、ドーピングじゃないか?と感じえざるを得ない走りをしていました。だから、疑われても仕方がなかったと思います。しかし、さすがに私も、2連覇を目前にしたこの日になって、ジロから除外と言うニュースに、頭真っ白。この先、自転車界はどうなるんだ!と一人で、あたふたしてしまいました。

 今回パンターニが、除外された原因は、血液中にあるヘマトクリット値(赤血球濃度)が、UCI規定の50%を超える52%だった為、この数値で続けると健康に良くないと言う理由で、レースを続ける事が禁止されたのでした。しかし、このヘマトクッリト値とは、厄介なもので、人間の体内に元々備わっているものであり、疲労などで上昇する事が明らかになっています。だから、ヘマトクッリト値の上昇が、ドーピング薬とされている造血ホルモン「EPO」(エリスロポエチン=赤血球生成促進因子)を使用したのが、原因かどうかは難しい所です。

 しかし、残念ながら今回の場合は、かなりの割合で黒です。これは、たいていのヨーロッパの新聞記事で、明らかにされています。それは、朝の時点で52%だったのが、16時の再検査では48%と47.6%に下がっていたと言うことで、異常なヘマトクリット値の減少を指摘しています。

 こんなパンターニですが、私の印象としても、人間的に良い人だと思うので、ジャーナリストに嫌われて、叩かれる事はあまりないと思います。イタリアの各紙には、「個人的に、この事は間違いであって欲しい。しかし、不可能だ。」「パンターニの速さはドーピングのせいじゃない。でも、ドーピングに関して無実だとも思わない。」と言う事が書かれ、白じゃないと言いつつ、同情的な感じが、こちらのジャーナリスト達の反応です。

 ここで、ドーピング検査を行ったのが、自転車界の大元UCIと言う事に注目しなければならないでしょう。ドーピング検査は、前日5人とこの日の朝10人、計15名の総合上位15選手に行われました。だから、パンターニを狙ってのドーピング検査と言う訳ではありませんでした。早い話、運悪くパンターニだけが基準値を越えていたのです。同じ時に検査された選手で、疑いのある選手も明らかになっていますが、基準を超えてなかったので、おとがめ無しです。

 しかし、なぜ隠す事も出来たであろうUCIが、大スターであるパンターニを除外したのか?

 この春、パリ〜ニースの後に、ラ・フランセーズ・デジュのジャンシリル・ロバンが、「今自転車界は、2つのスピードで進んでる!」とテレビで発言し、フランスでは結構話題になりました。この発言に対し、UCIはそんな事実無根な事を言われちゃ困ると反論し、ロバンに警告。ロバンは証明できるだけの証拠があるとUCIに言ったのですが、その後うやむやに…。このように、春の時点では、アンチドーピングに消極的だったUCIだったのです。それでは、なぜいきなり積極的になったか?

 それは、昨年のフェスティナドーピング騒動で、最初に捕まったフェスティナのマッサー、ファウトの手記した暴露本が関わってきそうです。この本には、フェスティナの内部事情や自転車界のドーピング事情が暴かれていて、かなり生々しいです。この本により、自転車界ドーピングの組織化が、一般市民へ分かってしまったのです。まあ、だいたいの人は、すでに知っていたと思うのですが、この本には、UCIとかがドーピングを隠していたと言う事実が、遠まわしに語られているので、ここでUCIも何かしなくては、面子がたたないと言う事で、踏み切ったのではないでしょうか?

 それに、テレビとかでは分からないのですが、実際、選手間の不満もかなりあるはずです。特に、フランス人選手は、去年のツール以降、政治的に取り締まれてるので、なかなかドーピングに手が出せない状態です。でも、イタリアやスペインでは何一つ変わってない。こりゃ怒りますね。だから、このパンターニのドーピング疑惑で、イタリアの政府も厳しくなるのでは?という目的ではないでしょうか?イタリアは、比較的フランスの考えに近く、アンチドーピングで進んでいます。現に、昨年の夏サッカー選手のドーピングが明らかになりかけ、今も地道に事情聴取が行われているようです。しかし、去年のツールで大騒ぎとなったフランスとは違って、自転車界に関しては、今まで事実が明らかにされていなかった為、政治的に動けなかったと思うんですが…。その辺は難しい所です。この点に関しては、今後のイタリア政府の動きに注目です。

 このドーピング事件、プロの選手間だけなら、こんなに問題にならなかったと思うのですが、今フランスでは青少年のドーピング使用が、かなりひどい様です。監督や親から、なにも知らされずに、使われているという現状です。ドーピング事件の裏に隠されたこの青少年のマンネリ化防止も、ここまで厳しくドーピングを取り締まる原因の一つです。

 もう一つ忘れてならないのが、裏で取引をしてるヤミの人物です。フランスでは、「どうなるCYCLISME」で書いてあるように、裏で選手と取引をしていたヤミ医者と弁護士が逮捕されました。イタリアでも、自転車界に、マフィアが関わっていると噂されています。そう言った人々との接触をなくす為にも、ヨーロッパの自転車界は、どうしてもドーピング反対を掲げなくてはならないのです。

 それじゃドーピングまみれの自転車界じゃないか?と思われるでしょうが、フェスティナの事が明らかになってから、実際ドーピングの使用率は、減ってきています。だからこのドーピング疑惑が起こったのです。やりたくないと言う意志の固い選手や、やらなくても強い選手がいるのは確かです。パンターニも、やらなくても強い選手だと私は思います。しかし、一度はまってしまった薬の世界、止めるのにはかなりの勇気と圧力がいりそうですが…。

 それで、現在のパンターニはと言うと、健康上、15日間の休みが義務づけられ、家にこもっています。そして、15日間の休息後は、今まで通りレースを続ける事が出来ます。なぜって?だってヘマトクリット値が上がっていただけですから。パンターニを自転車界から追放するのが目的ではないのです。

 今の所、パンターニは、誰かのように引退表明はしていません。ツール出場も考えているのではないでしょうか。ここで、棄権したら、やっぱりって事になりえないですよね。汚名返上の良いチャンスなんですが、どうでしょう?ただ問題は、こんなパンターニに、ツール・ド・フランスのレースディレクターであるジャンマリー・ルブランが、ツール出場を許すかどうか?

 こんなんじゃ、ツール・ド・フランス面白くないよな〜と思っているあなた。

 今年のツール・ド・フランスのコースは、去年の出来事に反省の色を見せ、難易度が下げられ、さらに2日の休息日が設けられて、ドーピングなしでも戦える設定になってると思います。だから、あまり悲観的にならなくても、楽しめるはずです。ただ、選手の考えを変えなくてはいけないのです。2つのスピードでレースが進むと、せっかく難易度を下げたコースも台無しです。このドープ発覚は、ある意味では良かったかも知れません。それが目的だったのではないでしょうか?

 かなりの衝撃を与えたUCIの行ったパンターニのジロ排除。しかし、ドーピングを隠そうとする風潮のあるスポーツ界において、これは画期的な行動だと思います。

 他のスポーツでこれほど、センセーショナルな事をするでしょうか?

 よりよい自転車界にする為のUCIの決断。皆さん、もっと評価するべきではないでしょうか?
今回のパンターニは、変わりつつあるヨーロッパの自転車界のちょっとした罰なのです。これを乗り越えれば、すばらしい自転車の世界が見える事間違いなしです。いまのところ私達は、この変化を暖かい目で見守るしかないでしょう。

 

99年6月8日作成


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